村八分は「差別だ」 責任は村長にある 岡山との県境に近い山懐に、兵庫県佐用町はある。町役場から北に十二キロ。国道をそれて峠を越えると、水根集落だ。
スギやヒノキが迫る細い谷に五十代から九十代まで七世帯十二人が暮らす。小さなせせらぎに沿って、かわら屋根の六世帯。橋から峠に向けて延びた道に白い出窓の一世帯。小さな田畑をシカよけの網が囲む。 稲刈もすんだ十三日。せせらぎと虫の音に神主の祝詞が重なった。集落の川上にある水根荒神社の秋祭り。でも、白い出窓の家の町議、坂本諭さん(六八)の姿はなかった。呼ばれなくなって十年になる。坂本さんはあっけらかんと「村八分」と言う。 きっかけは九十年に町が示した小学校の統廃合計画だった。集落としての賛否を尋ねられた。「バス通学の子が増える」などと坂本さんが猛反対したのに対し、橋の直ぐ下流の平尾貞夫さん(七六)は廃校賛成派。自治会長にあたる総代を務めていた。対立は深まり、翌年十月、坂本さんは集落の集会で「今後集落の世話にならない」と発言した。 それから、町の広報やゴミ収集日程の案内が坂本さんの家にだけ届かなくなった。坂本さんに挨拶する人もいなくなった。 坂本さんは提訴した。昨年、二審の大阪高裁が「元総代が中心となった共同絶交行為があった」と認め、慰謝料など九十万円の賠償を貞夫さんに命じた。判決は四月、最高裁で確定した。 貞夫さんは弁護士費用などを含めて約三百万円を払わなければならなくなった。坂本さんを除く集落五世帯にも費用の負担を求めた。「被告は貞夫さんだけなのに」。しぶる人もいたが、結局約十二万円ずつ支払った。集落の積立金の一部もあてられた。 裁判も終わったし、だれか声をかけてくるだろう。 坂本さんは期待したが、二ヶ月たっても何も起きない。こちらから歩み寄ろう、と思った。六月、役場近くの郵便局で、一通の内容証明郵便を出した。宛先は家から百四十メートルの井上功さん(七九)。水根の総代だった。「判決で争いは終息した。以前同様の扱いを要請します」と書いた。 「近く話し合いをしたい」。井上さんの返事も郵便で届いた。 でも坂本さんはそれどころではなくなっていた。内容証明郵便を出した翌日、妻千代子さん(六五)が脳内出血で倒れ、神戸の病院に入院した。救急車の音で、集落の人にも異変があったことだけは分かった。 事情が知れたのは何日もたってからだ。新聞に折り込まれた坂本さんの活動報告チラシに、近況が書かれていた。 九月になって、やっと「話し合い」が実現した。 町長が仲介役になり、集落の公民館で住人が円座になった。和解を促す町長。「町にも責任があった」と訴える坂本さん。他の人はほとんど発言しないまま二時間が過ぎ、散会した。 仲直りのチャンスはもう一度あった。 祭りを一ヶ月後に控え、貞夫さんの川下の隣家、平尾一好さん(五九)が、一番川上の平尾団平さん(八三)を訪ねた。団平さんは水根荒神社の氏子総代だ。 「裁判も決着したし、今年の祭りには坂本さんも呼んだらどうか」 一好さんの提案に団平さんは「皆に聞いてみる」と答えた。 しばらくして団平さんは一好さんに言った。 「貞夫さんとこが駄目だと言っている」 一好さんは、もめごとの発生当時、水根を離れていた。四年前ふるさとに戻って、老いた母から「村八分」を聞かされた。「もう仲良くした方がいい」と思うが、おおっぴらに坂本さんと付き合うこともできないでいる。暗くなるのを待って貞夫さんの家の前を通り、坂本さんの玄関前にシイタケや大根をそっと置いてくるのが精一杯だ。 もう一つ平尾姓、平尾たつえさん(九三)は集落の一番川下に一人で住んでいる。水根の最年長だ。「ごちゃごちゃしたことは若いもんに任せとるんで、ようわからん。でも、総代の言う事は聞いとかないと、示しもつかない」 貞夫さんは町役場を退職後、総代を十二年間務めた。坂本さんは神戸で会社勤めをしたあと、五十歳の頃帰郷した。橋をわたって百五十メートルの隣同士。家族ぐるみで行楽地に出かける付き合いだった。 あっちが付き合わんと言い出したんだ」。貞夫さんは、それ以上語らない。 代わって妻が話す。「昔は一番仲が良かった。それが小学校の問題で意見が合わんかった。長年総代を務める立場としては、町の言う事を聞いて責任を果たさんといけなかった。村八分もなにも、あの人には道理が通じない」 十三日、貞夫さんを先頭に一人ずつ玉串をささげて、年に一度の祭りは終わった。神主の安藤鶴二さん(八九)は言う。「貞夫さんは頑固だし、坂本さんは思ったことをずけずけ言ってしまう。円満にやれと言っとるんじゃが」 坂本さんはこの日、千代子さんのいる神戸の病院にいた。退院は月末と決まった。右半身が動かないので、車いすでリハビリ生活をすることになる。坂本さんは今、妻のために家の改造を進めている。それが終わってひと段落つけばゆっくり話し合いましょう。あと残された日々は少し。心ゆくまで。そのために私たちはいつでも。 |