裏口入学はこうやってやる

 浮上した沖永嘉計氏の帝京大への裏口斡旋疑惑。嘉計氏が会長を務めて来た帝京学園は帝京高校を運営する系列の学校法人だ。が、これまで大学側は一貫して無関係を主張。折も折、そんな帝京グループの系列高校のある現役教師が「系列校の大学裏口リスト」について、こう明かす。
 私も今も系列校の教師ですが、これまで何度も三年生のクラス担任を務めています。当時の担任教師は、大学からグループの短大にいたるまで、裏口入学の手伝いをさせられていたのです。
 われわれ担任教師が関わっていたのは、法学部や経済学部、文学部、薬学部など。医学部だけは別枠でしたが、対象は大学の全学部と言っても過言ではありません。
 高校の生徒が大学を受験する場合、一般と推薦の二つの方法があるが、裏口についてはどちらも似たようなものでした。高校では、入学希望者について受験者名簿を作成するわけですが、それが入試から合格発表までの間に、「裏口リスト」に早変わりするのです。そのやり方はこう。
 受験者名簿の作成は試験の一ヶ月ほど前。十二月の推薦入試では十一月末頃、二月初めの一般なら一月初め頃。まず、担任が高校の進路指導部へ提出した個々の受験生の資料を元に受験者名簿が作られ、あらかじめ校長がそれを入試前に板橋の帝京大の総長室に届けておく。そうして試験後、沖永総長自ら名簿に手を加えるのです。
 名簿の備考欄に「合格」と「補欠」を書き加えるわけですが、むろん合格ラインを突破した生徒は関係ない。問題は「補欠」とされた受験生です。これは世間一般で言う補欠合格とはまったく意味が違います。
 系列高校なので、さすがに箸にも棒にもかからない生徒を無理やり入れると生徒や父兄の間で裏口入学の評判が立つ。だから、あまりにも試験ができなかった受験生は不合格にせざるをえなかったようですが、「補欠」はかなり幅広く拾っていました。その上、総長は、「補欠」の中から試験の点数に応じて、受験者名簿の名前の横に「一」「二」「三」とランク分けまでする。この数字が入学に必要な金額を示す符牒なのです。
 ことは単純で、成績のいい順に一が百万円、二が二百万円、最低ランクの三が三百万円という意味。一・五とか二・五まであり、二・五は二百五十万円です。その「裏口リスト」を校長が高校に持ち帰り、クラスの担任を個別に呼んで面談。「先生のクラスでは○○が二で、××が三です」と聞かされ、担任教師がそれぞれの父兄に、「お子さんは補欠なんですが、入学するにはこれだけの金額の寄付金が必要です」と電話をかけるわけです。つらい仕事でした。
 大学だけでなく短大も同じやり方で、とくに印象に残っているのは帝京短大を受験したクラスの女子生徒でした。二・五と校長から伝えられた生徒ですが、短大へ入学するのに二百五十万円とは高すぎる。それで、思わず、
「まだ間に合うから他の短大を受験してはどうですか」
と父兄に伝えたことをよく覚えています。
 職員の間からも、「こんな裏口に手を貸していいのか」とか、「やってられないよ」という不満は聞こえてきたが、表立って批判はできず、仕方なく父兄に連絡していました。そうして、今度は逆に担任から校長へ、どの生徒が金を支払うかを伝え、それを校長が総長へ。父兄が金を大学本部へ届け、合格発表前までに入金が確認されたら、発表の日に名前が載るわけです。
 こんなやり方でも、大学側は寄付金として処理しているから問題ないと言う。が、要は金で合格を買うわけです。これを裏口と言わずどう説明するつもりでしょうか。もっとも私自身が経験したのは担任を持たされていた十五年ほど前の話です。さすがにそれから数年後、この制度は廃止されました。その後も、絶えず裏口入学の噂は耳にしていましたが、どうなったのかわからなくなっていた。ところが、そこへ今回の医学部の裏口疑惑が発覚したのです。以前、うちの高校から医学部に入学するのに八千万円も払った生徒がいましたが、今回四千万円から一億円の相場という報道があり、ああやっぱり、というのが正直な感想です。
 それでも帝京大では、「今も昔も裏口入学は事実無根。代議士の秘書の口利きもありえません」と繰り返すばかりだが、当時の高校の校長に聞いてみると、「確かに受験者名簿を使って総長が判定をくだしていました。でも、お金は入学の意思表示みたいなもの。これで裏口は言い過ぎでしょう。私学ならどこでもやっていることです。帝京がこんなに大きくなったのは寄付金のおかげで、まあグレーと言えばグレーだが、今はもうやっていないでしょうからね」
 最後に自ら裏口で医学部に入学したという元医学生の告発。「私は八三年に医学部へ入りましたが、当時は両親が総長へ直接二千五百万円の小切手を手渡しました。払いは自宅を担保にし、ローンを組んでいました。
 しかし、その後私は落第を繰り返しました。三年生で二回、四年生で四回、五年生で二回、という具合でした。医学部は六年制だから普通は最長でも十二年間しか大学に在籍できないことになっているが、帝京の場合、休学扱いにするためもっと長くいることができ、休学期間も六百万円の授業料をとられるのです。それで、うちの家計はムチャクチャになってしまった。結局、休学期間も含めて九五年まで十三年間も大学にいました。挙句、九六年になって「卒業できない」という烙印を押されクビ。頭が真っ白になってしまいました。学費を滞納していたので除籍するとまで言われ、東京地裁へ仮借処分申請しました。学費の一部を払って除籍だけは免れ退学扱いになったのです。帝京では国家試験の合格率を上げるために落第をさせるので、どんどん学生が増え講義室に入りきれない時もあったほどでした。私は裏口の金が少ない方ですが、両親は授業料を含め大学に総額一億円以上納めている。それでも放り出されてしまったわけです。私自身は大学を辞めて肉体労働をしてきたが、もう潰しのきかない四十代になってしまった。自分のことをタナに上げるわけではありませんが、それ以上にあの大学には問題があるのではないでしょうか」