どれも企業差別だ! 元祖「夜逃げ屋本舗」 背中合わせに止まっていたニ台のトラックが静かに動き出した。思いでの詰まったマンションの前を、夫は左へ、妻は右へ。次の角を曲がるまで、サイドミラーに移った車影をお互いに見送るしかなかった。
映画「夜逃げ屋本舗2」に協力した元祖・夜逃げ屋で、現在は作家の羽鳥翔(三五)は、家族が引き離された光景が、今も目に焼き付いている。このケースの夫(三○歳代)は、食品会社をリストラされた。不運は重なる。金投資の失敗で借金は数千万円。ローンで買ったばかりのマンションを、やむなく手放した。しかし、三千万円で買ったというのに一千七百万でしか売れず、万策尽きたのだ。羽鳥さんは、「離婚して別に住むということでした。取り立てに追われたり、妻子に迷惑がかからないよう考えたのでしよう」と話す。 夜逃げと同時に離婚する例が多いのには、母子家庭への補助や生活保護を受けるため、といった事情もある。幼稚園児の長男は理不尽な別れに気がついたのか、作業中も父親の足に抱きついて離れなかった。再び一緒に暮らせる日は来るだろうか。映画「夜逃げ屋本舗」のヒットから、はや十年余。時代とともに夜逃げも様変わりしてきた。 「九一年頃にはカードローンによる自己破産、成田離婚が話題になった九三年頃には、結婚直後にどちらかが夜逃げ。まるでブームに乗り遅れまいとしているようでした」(羽鳥さん)そして今、冒頭の例のようなサラリーマンの夜逃げが急増している。一昨年の自己破産は約十四万件で、五年前の三倍。倒産、リストラで収入を絶たれたサラリーマンが、住宅ローンを抱え、多重債務に陥るケースが目立つ。それは、そのまま夜逃げの増加につながる。夜逃げの公式データなどあるはずもないが、探偵会社「グローバルネットワークコーポレーション(GNC)」(栃木県足利市)によると、夜逃げも請け負うようになった三年前にはほとんどなかった依頼が、今では月十五件からニ十件も舞い込んでくる。その約半数がリストラ、倒産がらみで、多くはサラリーマンからの依頼だ。 羽鳥さんも、破綻した山一証券の社員から計五件の電話相談を受け、うち三件の夜逃げを請け負った。定年間近の管理職は、大学生の長男と高校生の長女を抱え、心労から本人が病床に。生活費をカードローンに頼ったため借金がかさんでしまったという。夜逃げ後、買ったばかりのマイホームを売却した。 次は、大企業のリストラが原因となった事例。日産自動車座間工場の閉鎖により、干上がってしまった下請け工場の社長が突然死し、残された母子に取り立てが押し寄せた。一家心中を危倶した弁護士が夜逃げを依頼してきた。逃げる当日の慌ただしさのなか、母親は、長年住んだ我が家の柱を削り、かけらを袋に詰めていたという。夜逃げの事情はさまぎまだが、「生活をリセットしたい」との思いは共通。でも、立つ鳥は後を濁さずlとはいかないようだ。 本州より経済の落ち込みが厳しい北海道。函館市内で家賃の集金を仕事としてきた原田正春さん(四十=仮名)は、「十年前には年に二件。それが今は月に二回は逃げられます」と嘆いた。困っても家賃だけは払い続ける人が多い。だから逆に、家賃が払われなくなると夜逃げは近いそうだ。 こんな悲惨なケースもあった。居酒屋の経営に失敗して借金を抱えた五十歳代の夫婦と一人娘(二十歳代)の一家。妻が脳溢血で寝たきりになり、夫のアルバイトで食いつなぐ状態だったある日、その夫が自宅で自殺。直後、残された娘が恋人と一緒に夜逃げした。「自分の物だけ持って…。残った家財の処分に五日もかかり大変でした。仏壇や位牌の処遇にも困ったけど、なによりも寝たきりの母親を置いて行ってしまったんです」苦しみばかりの家、父が命を絶った家に住む「生き地獄」からの脱出。母親まで捨て、娘は今、幸せだろうか。 こうした苦い経験を踏んだ原田さんは、「部屋で死体で発見された、ということも多い。責任感の強い人ほど死を選ぴがちですが、その選択は大問違いです。遺族のショックももちろんですが、我々にとっても大きな損害。その部屋はもう貸せないですから。家賃を払わずに逃げてくれた方がまだましです」という。 どこへ行くのも自由だが、夜逃げの先は、せめて「この世」のどこかにして欲しい。 |