いつまで馬鹿な事をするの

 会社内の喫煙ルールなどとうの昔に確立していると考えている人は多い。しかし、実態は旧態依然。強煙者や好煙者が幅をきかせている。
「分煙」を訴え、職場環境の改善を求めていた女性社員が解雇された。彼女は裁判を決意した。
「いま特に用事がない限り、表に出ません。歩きたぱこなどの煙が街のいたるところにあるから。レストランでも喫煙席との仕切りはなく煙が流れてくる。会社でこの病気になり、自由を奪われました」
 こう訴えるのは、都内に住む山本美春さん(三一=仮名)。彼女をここまで追い詰めたのは、勤めていた会社の許煙環境」だった。
 山本さんが都内にある子ども用人形などを製造する玩具メーカー(従業員約二五人)に入社したのは一九九七年四月のこと。企画・デザインから試作までを一人で担当、自ら手がけた商品のシリーズがヒットし、入社当初は順風満帆といってよかった。ところが、わずか半年で体に異変を感じるようになる。「最初は、漂ってくるたばこの煙を吸うたぴに鼻水が出ていました。けれど、健康には自信があり、我慢すればそのうちよくなるだろうと思っていたのです。それが日がたつにつれて頭痛や胃痛が起き、背中にも痛みが走り出しました。そして毎日三八度ぐらいの熱が出始め、雲の上を歩いているような状態になりました」
 社長自身がヘビースモーカーということもあり、社員も仕事机での喫煙は当たり前という雰囲気があった。山本さんは再三、喫煙場所を限定するよう要望した。しかし、上司はまったく取り合わない。それどころか、喫煙マナーに配慮を促した同僚からは、昼食時に以前にも増して目の前でこれみよがしに喫煙されるようになった。肉体的にも精神的にも追い詰められた彼女は九八年夏、猛烈な胃けいれんでフロアにうずくまってしまう。
「命の危機を感じました。医師の診断書をとらないと、病気に理解のない職場で死んでしまうのではないかというぐらいのせっぱつまった気持ちになりました」
 眼科、耳鼻科、内科はもちろん接骨院から精神科まで。病院を一○ヵ所以上歩き回ったあと、都内で唯一、化学物質による健康障害の専門外来をおく病院でたばことの因果関係について検査結果を得る事ができた。その試験結果報告書にはこう書かれていた。
『(山本さんは)タバコ煙が含有する多種類の化学物質に対して、過敏に反応することが確認された。このことは、職場における愁訴の発言とタバコ煙との関連性を強く示唆するものであり(職場環境の改善を要す』
 社長とその妻は以前、山本さんにこう告げていた。「たぱこのことで皆から嫌われているみたいだけど、そんな状態で何で会社辞めないの」「山本さんなら、仕事できるんだし、禁煙の会社に入れるわよ」
 辞職勧告だった。いわれなき勧告を拒否すると、翌日、別部署への異動が命じられた。だが、この報告書を新たに出せば社内の理解が得られ、分煙対策が今度こそ実施されると信じていた。しかし、効果のある対策は何ら行われなかった。
 みかねた夫が会社に職場環境の改善を求める要望書を出すと、事態はさらに急展開する。その日の午後、会社は解雇もちらつかせた六ヵ月間の休職命令を言い渡したのである。休職期間中、彼女は労働基準監督暑に相談に行く。労基署の指導に対し、会社側は「喫煙ルール」を定めたとして報告しているが、喫煙者を優遇するような、相変わらずの内容だった。労基署責任者の弁。
「私達は厚生労働省の示すガイドラインに沿った、事業主への指導を行っている。それに準じない場合でも措置を取りなさいと言う権限は私たちにはない」
 約七ヵ月間の休職期問を経て、山本さんは解雇された。会社に見切りをつけて自分の方から辞めるのは簡単だったのかも知れない。しかし、山本さんはそれでは何の解決にもならないと、昨年十二月六日、東京地裁に地位確認などを求める訴訟を起こした。
「会社の人たちに、自分たちのたぱこ煙で私がこの病気になり悪化させたことを理解してもらい、謝ってほしいだけなんです。また、私のような目に遭って苦しんでいる全国の人たちを救済できるよう、何としても裁判では良い結果を出したい。残念ですが、喫煙者には正論ゃ道徳の話は通じないようですから……」
 弁護団によると、この裁判は、国内で初めてJR以外の民間企業における受動喫煙の被害を問うものとなる。弁護団の労災担当主任の片山律弁護士はこう話す。
「裁判で、たぱこ煙の有害性、特に職場での受動喫煙の被害が、更には会社に配慮義務が認められることになれば画期的なことになります。それによって企業は、職場における分煙対策や非喫煙者に対する配慮措置を講ぜぎるを得なくなり、山本さんのような人たちも泣き寝入りなどしないで済むようになるでしよう」
 また、たばこ問題に詳しい伊佐山芳郎弁護士はこう訴えた。
「米国の各都市の公共交通機関で法的に喫煙が規制されているのに比べ、日本では自主規制です。マナーの悪い喫煙者も多く、法的な規制が必要だと思います。また、何より深刻なのは職場の喫煙被害。職場は逃げ場がなく、一日中拘束される中での受動喫煙の被害ですから。日本の労働行政や厚生行政が世界から大きく取り残されており、その責任が厳しく問われるべきです」
 職場で喫煙者と非喫煙者がどう共存していけばいいのか。大いに考えさせられる事件である。