女社長が、不慮の事故により死亡してしまった東京都八王子市にある歯科医療関係の会社が、平成十一年三月に自己破産した。かつてその会社の取締役に私の友人A氏が就任していた。当時、その会社はバブル好景気の後遺症で経営難に陥っていたが、ワンマンの女性社長は、好景気時の浪費癖が直らず、会社名義の小切手や借用証を発行し、会社で借金をしては個人で流用し、個人の買い物や借入金を返済したりと派手な生活を続けていた。
その頃、私の友人Aが、社長の代理として色々金策に走り、会社や社長のためと思い、自分の親の会社や友人関係からも借金をし支えた。もちろん私も融資していた。しかし、一年もたたない内に不渡りを出し、各債権者が回収のため取り立てにくるようになった。悪いことに、そのような中その女社長が、不慮の事故により死亡してしまった。 女社長は、私の友人Aに対し会社整理の依頼をしていたという。私の友人は、整理方法も分からず非常に困惑していた所、一債権者でもあった私の所に来て、女社長は死亡保険金を各債権者に分配して返済して欲しいと言っていたので、何とかして欲しい旨の相談があった。 しかし、その会社の税理士が、知り合いの弁護士に相談したらしく、立川市内に事務所を置くB弁護士が、清算人として委任を受けたと聞いた。B弁護士は、死亡保険金に多額の税金が掛かると言っていたとの事で、すぐに私の顧間税理士に相談したところ、殆ど税金は掛からないとの報告を受けた。後日、私は友人Aと一緒にB弁護士を訪問し、事情を確認した。 しかし、B弁護士は会社の実体を全く理解していないため、税金の話についても聞く耳を持たない状態で、当方の質問にも回答できず、B弁護士の仕事内容に大いに疑問を持った次第である。都合の悪い質問には解答せず、挙げ句の果てには、私のカバンの中に盗聴器を仕掛けていないか?と言い出す始末である。私は理不尽な問いかけに不快感を覚え、B弁護士に対し、自分でどういう事を言っているのか理解しているかと強く問いかけた。すると、急に弱気になり、逃げ腰で話にならない状況であった。 このB弁護士に対し、後日話し合う事にしてその場を後にした。今回の件は、破産手続きではなく任意整理で解決できると考えていた。なぜなら、私は友人Aから、女社長の死亡保険金は会社と個人に掛けてあり、個人分は実母が受け取っていると聞いていた。会社振出の小切手類で借金すれば、個人が使えば会社は個人に貸付した形になる。そうすれば、破産しても貸付金が会社の債権となり個人の死亡保険金は当然会社に返済しなくてはならない義務があるからだ。 私は、友人Aに各債権者に対する対応の確認および、状況報告を受けている中、B弁護士より債権届の提出依頼が書面にて郵送されてきたので、すべて記入し返送した。私の債権は認められた。その頃B弁護士は、債務額を確定するための作業を進めていたが、確定すると同時に、債務超過と判断、自己破産申請の手続きを申請、認定された。私は、友人Aより事前に、債務額およぴ死亡保険金の額を聞いていたので驚いた。そして、破産管財人となった銀座に事務所を置く、C弁護士から債権届けが郵送されてきたので、記入して返送した。 その後、平成十一年九月二十二日に東京地裁八王子支部において、第一回債権者集会が開かれた。そこには、各債権者が多数出席していたが、私の友人Aは欠席していた。その場で債権およぴ、資産内容の資料が配られた。 しかし、C弁護士によってほとんどの債権者の債権を否認した。私は即、意義をとなえた。しかし、裁判官は、そういう事は他でやってくれと発言。C弁護士は帳簿に出ていないからとの答えでつっぱねた。私は、怒りを覚え集会終了後C弁護士の控え室まで詰め寄った。そこにはB弁護士もいた。 B弁護士は、私の債権を認めたにもかかわらず、その日になって急に強気の態度で「帳簿に出ていなければしようがないじゃないか」と言いだし、C弁護士も強気に「証拠を出してくれ」との事であった。私は「亡くなった女社長が会社で借りた金を個人で使ったものが、帳簿に載っていないのは私には関係ない。小切手が何よりの証拠じゃないか」と言い返すがらちがあかない。 その後友人Aは、C弁護士より呼び出しがあり、銀座へ何度となく足を運び、説明をしたという。その中でC弁護士は、友人に対し、あなたはサギ師じゃないの? とか、あなたが会社の金を使い込んだの? 横領したの? とか言われたという。非常に驚いた。 その後、二年たっても、三年たっても、破産は終結していない。現在この破産事件について、根本的な見直しを進めている。まず、第一に債務超過でなかった事。第二にC弁護士のいい加減な仕事内容および、対応をふまえ、弁護士とともに東京地裁八王子支部および、C弁護士に対し、陳述書および、現状の活動報告開示など、徹底的に調査して、本事件の解決に向けて活動している。 |