方位(ちゃんと調べないと体調が悪くなるよ)

顔相学で一番手っ取り早く分かるのが「」なんです。体調が悪くなると瞬時に出ます。自分で「」が赤くなったり腫れぼったくなったりした事ありますでしょ。

その時どうしました「目薬」を指したりしましたよね。又は目医者に行ったりしましたよね。

昔から「」は「口程にモノを言う」と言いますよね。ストレスが一番先きに表れるのが「」なんです。

それは嫌な仕事や人間関係や「家庭環境」が原因で「ストレス状態」になりイライラするようになるのです。

ストレスにも初期から最悪まで何段階もあるのです。どの段階で気が付くのか、常日頃からチエックすべきです。

じゃどのようにチエックするか、私達素人はなかなか分からないですが、ただ朝起きた時に身体の具合で大体分かりますよね、きょうは怠いとか、少し熱があるとか、とにかくそういう初期で気が付いて病院に行く事ですよね。

でもプロと言われる人は、顔、目、雰囲気で分かるんですよ、特に「」を見れば分かりますね、充血したり、目の下にくまができたり、顔全体が疲労困憊の状態だと要注意です。

それは自分の身体に無理をしているからです。この時期は初期段階ですから、早く気が付いて休養すると良くなります。

物事に対して思考力が発揮出来ずに、感情を剥き出しにして反応するようになります。この時期がやや危ない時期と言われています(心優しく思いやりがあり大人しい人がこの病気にかかる、じゃどうするか自分の思い通りにやる事です)。

最後は「やるか(喋ってくれるな)やられるか(私を見るな)」と考え、余裕が全く無く「返事」をするだけになります。

このようになったらどうするか「話をしても分からない」のですから、何だかんだ話をしないで、相手の話を聞いてあげる事やそっとしておく事が大切です。こちらが喋っても何にも聞いていないし、反応しないのですから。

病院に行っても「」を飲まされて一時的に落ち着く(眠くなり)だけなんです。聞かれたくもない事を「ああでもない、こうでもない」と聞かれるのです。聞かれて治ると思いますか、違いますよね。(少し言い過ぎましたけど、本当です)

この方の「」の扉を開けるんですよ、それはどのようにするか「•••」それを教えたら、私達の仕事が無くなります。

ただ言える事は「静かに、優しく、心を込めて接する」この事が一番大切なんです。恋愛でいう『愛してあげる事です』。

私はいつも言っています「朝起きたら、窓を開けて外を見て深呼吸して奇麗な空気を吸って、リラックスして」次の動作に入りなさいと。朝の「目覚めが一番大切なんです」。必ず実行して下さいね。

 簡単なことなんですが「が回らないし余裕がない」焦りが先きに立つんでしょうね。

以前本にこんな事書いてありました、ストレスが極限までいくと左右の「」を上に押し上げるんだと、左右の「」が異なった方向を向いていると、世間のモノをありのままに見る事ができなくなると。

1つに車の運転で車庫入れしていて、何らかの物体にぶつけるんですって、いつもなら簡単に車庫入れ出来るのに必ずぶつかる、何度やってもぶつかる。(バランスが悪くなる、何でもない平坦な道でも躓き転ぶようになる)

この状態はたいした事ではないので一時的で直ぐに治ると書いてありました。

こういう状態で一番難しいのは、蔓延化したストレス状態だと言われています。(我慢して我慢して耐えているとなる)

嫌な仕事や人間関係や自分の能力以上の仕事だったり忙しさだったりすると「自分のに閉じ篭ってしまい」周りの人と距離を置いてしまいます、そうなると悪循環で「自由」が無い「余裕」が無い「話したく」無い「楽しく」無い、人から逃げ出してしまうんです、人と接することが嫌になり、人としてな人と見られてしまいます。本当は違うんですがね。

やるべき事は「自分の好きな事や、やりやすい事や、好きなポジションに」に付く事か、又は仕事をしない事です。

十分な休養、休息、リラックスできる相手との会話、自分の事が大好きな人との会話、自分の事を一番理解してくれる人と長く居て甘えれば、自分自身を取り戻す一番の早道です。話しー触りー接しー全てに満足する行為を忘れずにやる。

このように「ストレスが溜まり」パニック状態になる人は「根が優しく、人に対して思いやりのある」そういう人が陥る(おちいる良くない状態にかかる)と言われています。

家の住職曰く「何かの出来事から逃げ出す人間がんだと」言っていました。

それはどうしてか聞きました、住職は「優しい人や思いやりのある人は、平坦な道しか歩いていない、人生山あり谷ありで、があれば知らず知らずのうちに落ちるからだ」と教えられた。

私は聞きました「は何処にあるの」と。

住職は「もう直ぐ分かる、痛い目に合ってこそ知る窪み」だと、言われた。

何処のみだろう、みって痛いのかな。(中学2年生の時)

住職は曰く、いいか「人のやった事は良く見えるけど、自分のやった事は分からない(見えない)」人の行為(やった事)がの行為(やった事)だと思え、分かったな。成る程「人の振り見て我が振り直せ」か。

鏡に写るが建前の顔姿であり、鏡(鏡の裏)に写らない姿がの「心の中の顔」だ、忘れるな。と教えられました。

それは、ゴルフの競技でマッチプレーの大会に於いて「ナイスショット」と相手を褒めるけど、相手がずっと「ナイスショット」なら試合に勝てない、表向きは「良いショットですね」と、だけど「心の中」では失敗しろ、と誰もが叫ぶ。

私はそんな事思いません、と言うなら「競技に出るな」。人と争う事は、人間の「」が出るモノだ。勝ってなんぼや。

テニスの試合を見てみれば分かる通り、相手の嫌な所、嫌な所に球を打つ、相手の居ない所、居ない所に球を打つ。

いい人は出来るか、建前を喋るなら「競技には出ない事(傍観者でいろ)」分かったか。私は住職に叱られました。