リーダーシップ@

若い弁護士は何も意味を知らないで使っている、この言葉の語源をもっと勉強して使うべきだ。

簡単に裁判所で使われているこの言葉「差し支え」の意味はと、使っている人に聞きたい。

 

 

家の住職がこんな事言っていました。

悪しき風習が未だに蔓延しているように見受けられる、なら、以下の事をお教えしよう。

裁判所で使われている、この言葉の語源をご存じだろうか、大学院の授業以外では話をしていないが

、少し発言をさせて頂きます。

「差し支え」さしつかえ、というこの言葉は、何故、裁判所だけで使われているか、ご存じであるか。

この言葉は「侍、言葉である」それは「刀の鞘や戦場で背中に目印の旗を差していると、それが邪魔になり、邪魔であるという事を差し物が、差し支えておる・都合が悪い」と、言っていたと、聞く。

家の住職曰く、戦後男子がいない時代に「・・・でもなろうか」と、戦争から帰った男子が、各県で講習会が開かれ(当然、大学なり卒業した人間であったり、大学途中で戦争に駆り出された人であったり)その男子が、講習を受け、弁護士や裁判官や警察官に採用されたのである。

その時、家の住職が高知県人の家の檀家の男子を集って、講習を受けさせ弁護士、警察官、裁判官に採用させたという。

戦後行われた、裁判の時に、住職は次回の裁判の日にちは「いつがいいでしょう」と、聞かれた時、その日は都合が悪いと、申し述べたと、言います。

それでも、その日を指定してきたので、住職は一言「その日は『さしつかえて』おると、言っておるだろう、無礼者」と、大声で発言され、次の日にちが決まったという。(新聞に掲載されたと聞く)

それ以来、ダメな日にちを「さしつかえておる」と、言う様になったと聞き及びます。

住職は余りにも早く「さしつかえておる」用語が浸透したので、いつも酒の席で「使うなら、一杯飲ませろ」と、周りに言っていたと、色々な方から聞きます。

住職は、戦争帰りの男子を採用して貰ったはいいが、軍隊で教えられた「己に対し、都合のいい嘘をつく事」を職場でやられ、警察、法廷では、嘘が蔓延し現在に至っていると言う。

だから、誤認逮捕や法廷での嘘つき合戦であると、ずっとその事を後悔していた。

家は高知県の「日蓮宗」のお寺であり「宗教法人・深尾會」である、今は家の庭に何百年も続く石像のみが建っている、今は細々と生活をしているのである。

今「無罪」で放免になりインターネットに掲載されている人の事を考えれば、如何に昔はいい加減だったか分かりますよね。

昭和40年代は人を逮捕して「罪名」を決めていましたからね。

たまったモノでは無いです、そんな連中とすれ違ったらすれ違うだけで「逮捕」ですからね。

それは、親の脛かじって大学なんぞ行きやがってと、罵声を飛ばして指で手錠をクルクル回しながら歩いて行くんです、そんな戦争帰りの人が沢山いましたよ、確かに嫌、嫌、戦争に行かされ、命辛辛日本に帰って来られたその気持ちは分からないでもないですがね

分からなくもないですが、次の世代を担う若者に発する言葉ではないと思うけど。

皆んなが皆んなではないが、辛い思いをした人なら、尚更次の世代に対し発する言葉は「心の底から、良い時代にしろよ」と、言うべきだと思うが間違っていますか。

その時代は皆んな貧しかったんです、だからアルバイトして生活していたんです。

その生活の一旦に上記の人間が来たんです、それは食べるだけ食べ、飲むだけ飲んで、そのまま出て行こうとした人間を、アルバイトの学生が「お金を請求したら」その学生を連行しようとしたんです、その連行しようとした手を払ったら、そのまま「逮捕」したんです、可笑しいでしょう、その罪名は「恐喝・暴行」ですよ、その店の店長まで逮捕され罪名は「教唆」でした。

そんな事がまかり通る時代でしたからね、でもお天道様は許さないですよ、その連中はその後何年かして、次から次と3人とも亡くなったと聞きます、バチが当たったんでしょうね、その子供達も・・。

だから家の住職は言っていたんです、戦争帰りの人間が時代を壊しその壊した時代が今でも続いているとね。(仲間の親が東京都のお偉いさんだったから、その刑事の身元や全てを調べたんです)