運(何でも間違っていたら素直に謝る事)

 

ここのところ暗いニュースばかりですが、我慢して読んで下さい。以下の彼とは相当親しくさせて頂いていました。

 

出身地の静岡県を拠点に情報番組のキャスターとして親しまれた大沼啓延(おおぬま・ひろのぶ)さんが9日午前1時14分、肺炎のため都内の病院で死去した。静岡県出身。葬儀・告別式は近親者のみで行う。
大沼さんは04年10月から静岡朝日テレビで夕方の情報番組「とびっきり!しずおか」のメインキャスターを務め、4月27日の放送まで出演していた。関係者によると、翌28日に大動脈瘤(りゅう)かい離を発症して倒れ、入院。緊急手術は成功したものの、その後体調が悪化したという。

 同局は9日の放送で急きょ、大沼さんを追悼する内容に変更。公式サイトに「いつも笑顔で、誰にでも優しく接してくださるお人柄が私たちは大好きでした。故人のご冥福を心よりお祈り申し上げるとともに、謹んでご報告いたします」とコメントを掲載した。

 明大を卒業後、TBS映画社で数々の番組制作に携わり、TBS「朝のホットライン」で9年間スポーツキャスターを務め、高校野球甲子園大会などを取材。90年に独立し、テレ朝「スーパーモーニング」でもキャスターを務めた。歌手としても07年に「夢語る街静岡」でデビューした。

 

若い頃は本当に良い男でした、今で言う「イケメン」ですね。いつも二人で連れ立っていると、そこの辺のタレントには負けなかったです。

 

自慢してるのでは無いですが「本当に・・・」。

でも彼にはいつも言っていましたよ、家の住職が言っていたよと「世の中で必ず必要とするものが3いると」それを分からないと早死にするみたいだと。

 

彼は真剣に私の話を聞いていました「1.お金、2.仕合わせ、3.健康」。

 

でもな、我々には2つだよ、3つのうち、どの2つを選ぶ、と言うと「真顔で真剣に考えて」ずっとを見ていました。23歳の時でした。

 

大沼の事を私は「アンちゃん」と呼んでいました、彼の「」は低音で良い声でしたね。

ただ、上がり症でした、いつも緊張して話をしていましたね。

 

最初に会ったのが「相撲の稽古場」でした、初代貴乃花関、学生横綱出身・輪島関のインタビューの席に立ち会ったのが初めてでした。

何処の誰と言う「タレント」かなと思いました、声を聞いていると、本当に「良い声」でしたね。

ウットリ聞き惚れていたかな、男がそれぐらい「れて聞いていましたから」女性なら大変でしたでしょうね。

彼は「奥手」でしたから結婚は遅かったです、だから私と正反対だから「ウマが合ったんで」しょうね。

 

いつも会うと「吉田松陰」の話をしたり「論語」の話をしていました(暗い話で、すみません)。

 

彼の一番好きな言葉は「立派なの本を読む時、もっとも大事な事は、バカみたいに鵜呑みにしない事だ・人の話やなぞ信用するでない、自分にい人であればそれでいいのだ」この言葉が一番好きだった。

 

テレビに出始めた時、彼はあまり本心を話す友達がいなかったみたいですね。

 

私に会うと直ぐに「言うべきで無いのに言うのは、人のを引きつけようとしているだけだ」と彼は言います。

テレビで発言するときには、気をつけて喋っていると。

そうでなくても彼は「上がり症」なんだから、大変だったろうと思います。

 

そんな仕事をしていたら「早死になったろうに」これからの人生が面白いのにね。

 

アンちゃんに聞くの忘れていた「3のうち、2つは何と何を選んだか」をです。

私には分かるけど、皆さんはわかりますか。

 

折角私と知り合ったんだから、もう少し「色々な事を話しておけば、長生きさせてあげられたかも」。

 

家の住職は、お前は「ほんの小さな優しさ」を持ち合わしていると、それを分かる人間がいるかなと。

又感じる人間がいれば「その人間は必ず、健康で仕合わせ」を兼ね備えた人間だ、と言っていました。

 

私と仲良くすれば「なんか、皆さん健康で長生きできますよ」と。

逆も「然り」で、喧嘩をしたり、揉めたりすると、周りは皆さん・・・。

 

仲良くしましょうね。

こんだけの才能を持っている人間が、ここに居るんだから「考えないとね」良いことが有るかもよ。