雅子3 何かを喋るんです、枕元に・・・

 

 

 

私達には分からない出来事が雅子の身体の中でおきていたんです、家に居る時はずっと寝ていました。

雅子と居る時には、本当に日々体調の変化が分かるんです、いい時は起きて料理を作ったり悪い時は寝ていました、雅子は自分の事だから全て分かっていましたね、ある時に私に対し「あたしっていつまで生きられるのかね、ナベさんは分かるよね」と、言われた、私は黙って雅子を見ていたんです。

雅子は「ナベさんの子供の顔が見たいな」と、言いますから、私は声を詰まらせ、雅子を見て「頑張れば、直ぐに見られるよ」と、言いましたら、そうだね「頑張る」と、雅子は涙をながしていました。

 

雅子には申し訳ないと、今でも思っている、責めて「子供でも○○」そうすればもっと雅子は生きられたかも知れないと思ったんです、家の住職も私と同じ事を言っていました、本当に申し訳ないです。

病気は関係なく私の雅子に対する「思いやり」が足りなかったのだと思われる。(雅子の事は、日々気をつけてみていました、暫くは2人だけの生活を謳歌していました、雅子は私と生活してる時が、一番仕合わせな時間であったと、言っていました、本当に少しの時間でしたが楽しかったです)

見た目には、元気で明るい1日を日々過ごしていましたからね、私は薄々は気がついていました、それは突然何でもないのに、元気な声で目一杯のパホーマンスというか、行いというか何なのという行動をする時があるんです、それは相当体調が思わしくない時だからだと思っていました、そんな時は一日中私は側についていました、家の住職からは、犬を飼う様に言われ、小さい犬「チョコ」を飼いました、とても賢い犬でした、常に雅子に寄り添って、雅子が体調が悪い時は雅子からチョコは離れないで、ずっと横に付いていました、雅子もチョコが大好きで離れなかったです、相思相愛でした。

雅子が女優を志していたから、私は協力をしていました、その代名詞が「土佐弁」でした、方言指導を家で毎日毎日大きな声で練習したんです、その方言が必ず「名台詞」になると確信していたからです、先ず声がでなくなり、それでも毎日毎日喉から血が出ても、同じ言葉の練習を何度もしたんです。

何度もやめる様に言ったんです、自分の寿命を縮める行為かもしれないからと、私は言いましたよ、それでも雅子は「やる」と言うんです、どうしてもやりたいと、言うんです、だから住職に聞きました「どうしたらいい」と、住職は私にむかってハッキリと「寿命を縮める行為で」あったとしても、本人が決める事だと、他人が口を挟んで「本人がやりたい事をやめれば」一生涯、後悔する事になる。

そうなれば、つまらない人生になり、何を目的に日々生きていくのか、だから、己の思うままに人生を謳歌して、悔いの残らない人生にする事ができれば、雅子も本望だと思われる、その行為で、もし命を落とす事になったとしても、自分で納得しているんだから、仕合わせな人生であったと納得する。

失敗すれば役者はやめると決めてかかった作品です、毎日辛い発声練習や演技の練習は体力的に・・。

勿論、自分で選んだ女優の道ですからね、泣き言を言っている場合ではないですがね、見ていて・・。

雅子は役者生命をかけて挑んだのです、その方言は「舐めたら、いかんでよ」であります。

私の手元には、たった一枚の写真があり、その写真は高知県に行き、帰りに宇高(岡山と高松を結ぶ船)連絡船にての写真です。(悲しそうな顔の写真である・笑ってと言っても笑わない写真です)

高知の親(住職)に結婚の報告に行き、雅子が住職に「体調」が思わしくない事を話されたんです。

住職は「それでも雅子が良ければ、一緒になればいい」と、言われたと、後で雅子から聞いたのです。

雅子が住職に対し、自分の「親」以上に信頼していたから、本当の事を話されたんだと言っていた。

高知から帰って、雅子は私と会う事を避けていた、自分の死を悟っていたんだと思われるからです。

暫くして雅子が亡くなり、私は他の人と結婚し、又儲けるだけ儲けたので、高知に都落ちしたんです、そしたら高知で生活している時に、亡くなった「雅子」が、私が寝ている枕元に、あらわれたんです。

住職から「成仏していないから、行ってあげろ」と言われ、山口県防府市の大楽寺に行き、住職に「『成仏』していませんが」と、私が話をすると、大楽寺の住職は「伊集院・日本名・西山さんの弟さんと一緒に埋葬しているのがね・・、性が違うので別々にしたらと、言うのですが、高校生の時に交通事故で亡くなった弟が寂しいから、一緒にしてくれと、西山さんが言うんです」と、言っていた。

伊集院・西山とは、何度も会って話をしたんです、お互いゴルフをしますから、全く考え方が違いますからね、何度話しても無駄でした、だから今回は、本当の事を書いて欲しいから書いているのです。

雅子の実の弟には結婚できなかった事を会って詫びました、彼は大学のゴルフ部を出てプロになったんです、兄の一雄は私の会社のあるビルの近くの、新宿一丁目のマンションに住んでいるから会うんです、今は雅子の遺骨を分骨していますから、一年に一回か、夢にて会えば墓参りに行っています。

雅子の墓の写真を掲載します、何処だかは言えないですが、スーちゃんと一緒だね。

 

終わり