追悼D(心を込めて・あなたに逢いたい)

 

 

彼女は作曲家に、成りたかったと言っていました、私と一緒にいる時に、歌をジャズ風に編曲していました。

それは目で書くのではなく、彼女は「耳」で曲を作り出すという、凄い事が出来る人だったんです。

今「盲目の彼が、耳で覚え」曲を弾いていますよね、今から何十年も前に彼女は「耳・体」で聞き、耳・体で曲を作る事をやっていたんです、全ての歌をジャズ風に編曲して、自分で歌っていました。

自分で歌うんだから、なんとでもなったんです、それは自己満足の世界ですがね、だから彼女のコンサートは、全て「ジャズ」を、歌っていたんです、又普段彼女は大人しい性格でしたから、絵を描いたり、2人して狭い部屋でお茶を飲んだり、たわいもない話をして、静かに1日を過ごしたりするのが好きでした。

彼女は少しの時代の違いで「学校」に行けなかったんですよ、勉強したくても、勉強ができなかったんです。

そんな時代を駆け巡っていたんです、田舎から都会に出て来て、東京の学校に行く事は、一つの県で何人もいない時代でしたからね、余程「裕福」でないと行けないそんな時代でした、私もそんな時代に、よく学校に行けたと思います、苦労しましたけどね、でも楽しかったです、いつも空腹でしたけどね。

彼女は違う時代に産まれていれば、自分のやりたい様に、自分の思い通りにやる事が、出来ただろうにね、可哀想にね、私はいつも彼女が学校に行けなかった事を考えて、いかせてやりたいと思っていました。

一度だけ彼女に聞いた事があったんです、音楽学校に行くか、美術学校に行くか、どっちに行きたいかとね。

彼女はどっちにいきたいと言ったと思います、それは「両方」ですと、時間は掛かったけど○○○でね。

家の住職は、それも人生と、それは歌う時が楽しいなら、歌う事が好きなら、歌って満足なら、人に対し心を込めて、思いやりのある「歌」を歌えるなら「本業」だと、それがその人の「天性」だと言われたんです。

住職が皆さんの前で「歌う」時は、いつも心を込めて歌ったと、それは聞いている人の目を見れば、どんな事があっても、いい加減な歌い方は出来なかったと、人を感動させる歌を本気で歌っていたと言われた。

本気になる事は、自分に正直になる事だと、それが成功の源であると、住職から教わったんです。

彼女は、いつも全力で「歌」を歌っていたし、自分に対し正直に人生を過ごしていたと、言っていました。

彼女には言ってありました、お互い最後は長生きだよと、長生きをすれば勝ちだと、その為には健康だよと。

男も女も75歳までの期間が危ないからと、昔からの言い伝えだと、元気で健康だと彼女には教えました。

だから彼女は直ぐに病院に行き「検査」をすれば良かったんです、私は大丈夫と、いう考え方がね。

もし、長生きしたなら「高知で残りの人生を終活しよう」と、言ってあったんです。

彼女は嬉しそうに「チノジ、いきまっしゅ」と、言われていたからね。(周りに人がいましたけど)

人は「この世に生を受けた時から、死に向かって生きている」と、家の住職からの教えだと、彼女に話をしましたら、いい話を聞いたと、「まうごつうれしか〜」と、喜んでいた事を、覚えています。

最後にもう一度「あーた」(あなた)と言う彼女の声と、「おまん」(あなた)という、私の声で、2人で話がしたいですけど、残念です、彼女の「ナベさん、おもしろか〜」という声が、私は大好きでした。

彼女は、いつも私といる時は「シートル・ホンにシートル」と言うんですが、私は「何よ」と、いつも聞くんですが、彼女は「いい、いい」と言って、話をはぐらかしていました、本当に楽しい生活をしていました。

若い時の私達は、本当に「相性」が良かったんですよ、何処に行っても、何をしてもお互いの事を理解していて、決して「貶したり、馬鹿にしたり、怒ったり、嫌味を言ったり」することが無かったです。

朝起きて寝るまで、オーバーな事を言えば「喧嘩する事や嫌な事」は一度も無かったです、私が何かしていても、黙って私がしている動作を見ていましたね「ハット」後ろを振り返ったら、彼女に見られていました。

何故なら、バタバタ、ドタドタと、何かの動作をする彼女では無かったです、常に冷静で静かな人でした。

私は、自分に無いそんな人が「大好き」だったんです、常に大人しい性格に憧れていたんです。

私は、まだまだやる事があるので、彼女には、お会いする事は出来ませんが、お会いしたら私の「詩」をオリジナルで一緒に歌いたいですね、まだ随分先だと思いますが、それまで練習しておきます。

2024年初夢で、誰かが夢に出てきたんです、私に向かって手を出し「何か叫んで」いました。

顔は分からなかったですが、そんなジェスチャーするのは「彼女」以外いませんからね、多分・・・。

家の住職は「人は生きてる時には、余り生きてる人間の事は考えないが、亡くなると生きてる時の事を思うモノ」だと、それを「終わりの時こそ、最初の事を思うモノ」だと、昔からの言い伝えだと、言われた。

人という生きものは、薄情な生きものだと、己の事しか考えない生きモノだとね、皆そうだと言われた。

私は一緒にいる人のことが気になり、いつも隣にいる人の「顔」を見るんです、今日はどうかなぁだいじょうぶかなぁとね、ハッキリいいまして「目」を見れば大体の事は分かります。

昔から言いますよね「目」は口程にモノをいう、とね、彼女は私の「言う」事は聞いてくれますからね。

日本の「宝」が亡くなり、悲しいですね。 次回に