追悼B(心を込めて・あなたに逢いたい)

 

 

 

彼女と知り合った時、私は苦学生でしたけど、アルバイトしないで、毎日毎日学校に通っていました。

一緒にいる時、私にいつも言っていたんです「ナベさんは、歯が綺麗だね」とね、彼女は歯並びを綺麗にしたいと言っていました、私にお金があったら彼女の「歯並び」を治してあげたかったです。

彼女は昼・夜「店」で歌を歌っていましたから、当然すれ違いがおき、私の部屋を出て行きました。

私が、いつも遅く迄勉強していましたから、邪魔をしてはいけないと思ったんでしょうね。

置き手紙があり「えらくなって・よかし」に、なって、とね。(金持ちになってと)

その後、何度も何度も晩御飯を買って、私を訪ねて来てくれました、それだけ貧しかった時代でした。

学校が終わったら必ず部屋にいて、彼女の来るのを勉強しながら待っていた、来られたら晩御飯を一緒に食べながら、土佐弁で「こじゃんと、ええきに」と、いつも話していました、本当に楽しかった。

彼女の事が「本当に好きだ」と、言う事が伝わったんです、私からの(求婚)でしたから。

それから暫くして「彼女」は、テレビに出て有名になりましたね、最初は分からなかったですがね。

私と彼女がいつも一緒にいるという証しに、私に「詩」を書いてくれと言われ、一生懸命書きました。

彼女の事を考えながら、田舎の風景や山や海岸や船や波の事を思い描きながら書いていたんです。

なかなか思う様に書けなかったですよ、そんなに甘い世界では無いです

その詩は、彼女に対して捧げる(私の思いを書いたんです)願い事を、目一杯の気持ちを書きました。

文章は書けるけど、詩となるとね。

1状況、2感情・感性、3思い、4場所、5季節を、取り入れて書かなければいけないんです。

素人には難しいですが、色々の参考資料を見聞きしながら仕上げました。

書く時は、彼女の髪型(パーマのかかったロングヘヤー・猫目の顔を思い描きながら)を、先ず先にスケッチして、それから一字一句の単語を書いて、組み合わせて詩を完成させたんです。

わたし的には、いい出来なんですが、誰かが何処かで作り替えたんです、飲み屋のママの名前でした。

私の思いや感情が強かったんでしょうね、その部分が省かれていました、少しガッカリでした、私の彼女に対しての心の中を見られた様な気持ちがしました、ママにお会いした時に抗議しましたけどね。

ハッキリ言いまして、書き換えられた詩には繋がりが無いです、ただ単語を並べているだけの詩です。

私の書いた「詩」は最初は余りヒットしませんでした、それは淡々と歌っていましたから、言ったんです、あなたの歌い方で「ハスキーに唸ったら」とね、そしたら、歌い方がガラッと変わったんです

 歌う度に、堂々として唸って、歌っていたと、「微笑み・楽しそう」にしていたと、聞きました。

当時は、なんの楽しみも無く、忙しい日々を過ごしている彼女と、ちょっとした空間で会っていました、田舎から出てきて、お互い頼る人がいなく「2人して、励ましあって」いましたからね。

一緒に生活していた時は、いつでも好きな時にジャズを聞け好きな時に歌っていられたからと、本当に良かったし、一番楽しかったと言っていました。(彼女が買ったジャズの本が今でもあるんです)

その後、何年かして、彼女は「お金」を持って来てくれました。

大金でした、それはドン底の生活をしている私にとっては、喉から手が出る程欲しかったモノでしたから、本当に嬉しかったです、その後も定期的にお金を持って来てくれました。

ある時「反社会的勢力」の方から、言われたんです、もういい加減にしろとね、最後に「もう2度と会うな」とね、それ以来彼女とは・・・にしました、彼女も上記の方が「怖かった」んでしょうね。

「命あっての物種」ですからね、まだ10代〜20代でしたからね、でも陰に隠れてこっそり・・・。

彼女とは、人生は同じ時代を駆け回りましたが、でも全く違う人生を私は歩みました。

一緒に歩んだ少しの時間を「お互い大切に」しました、何をするにも自然とお互い気がついていて、「本当に少しの関わり」を忘れないでお会いした、そういう時代だったんです、違う時代なら・・・。

この時に、私達に協力してくれた人がいたんです「フジテレビ・『北の国から』の監督・富永卓二」です、いつも彼女との事を心配してくれていました、2人が逢える様に段取りしてくれたんです、私の親戚になりますから、作詞家・脚本家になる様にいつも言われていました、有り難かったです。

富永さんが将来の為に「家」を購入しろと、紹介されたのが「座頭市監督・五社英雄」邸の隣でした。

現在もそこに家を建て住んでいます、購入当時は色々な人が来られ、楽しい日々を過ごしました。

一緒になるのは、お互いの「相性・フィーリング」だと思うから、一生懸命考えたんです、当時の私は一緒になれば「お金も無い」唯の人間ですから、間違いなく「紐」だと言われたでしょうね。

それでは、彼女に対して、周りから嫌な思いをさせたでしょうからね。

でも、富永さんは大丈夫一緒になって「詩」を書けばいいと、言ってくれたんですがね。  次回に