啓発(己の都合のいいように考えると・・・)A

 

 

慎んでご冥福をお祈りします。
坂本龍一逝去
龍一言ったよね、ナベさんに「助けてくれ」と、ね。
「いいよ」と、ナベさんの持論で助けてやると、龍一に対し「先に逝くか、後で逝くか」その違いだと。
ただ「家の住職は、最後が大切だと、心静かに過ごせ」と、言っていたと。
泣いていたな、皆んな泣くのよ、これだけは言えるそれは「最後良ければ、全て良し」笑って逝けるかとね。
ナベさんは、まだやる事があるから「逝くのはまだ先になる、今度会ったらゴルフ教えてやる、ゆっくり雑談しよう」。
会うのはまだまだ先になるけどな、慌てず待ってな。

 

いつか神様が来て私の話を聞いてくれるだろうと、彼は言った。

 

 

そうなんですよ、前から私が言っていますよね「いい人やめれば」何事においても楽になり、人生が楽しくなり、気が休まるとね。

なかなか「いい人はやめられない」ですからね、どうしてか「それは、周りに支えられているから」なんです。

誰しも、周りには嫌われたくないですからね、それは人間だけですから。

他の動物は周りから敬遠されたり、嫌われて生きているからなんです。

いい人=見栄、ですからね。

上記の彼は、譫妄(せんもう)が見えるんです、それは何回も大きな手術をしたりすると、全身麻酔をしているので、昔の事や幻が見えるんです、別に病気ではないですが、色々な先生がいますから、それは意識障害だとか、高齢者の慢性アルコール中毒とか代謝障害とか言うんです。

それは、見える人には見えるんです、そんな世界もあるんです、もう少し勉強したほうがいいです。

裁判とは違いますが、裁判では「見えないモノを見る」と、いう力がいるんです。

譫妄(せんもう)が見える人は「見えないモノが見える」んです、それを可笑しいとかいう人がいますが、それは違わないかと、私は言いましたよ。

私は、そんなことを言っている人に言いました「自分に憑いているモノ」をちゃんとしなさいと、その人は顔が引き攣っていましたけど。

世の中は広いんです、色々な人がいるから、面白いし可笑しいし楽しいんです、そう思いませんか。

私の所にいる青年が、上記の人と同じことを私に言ったんです。

それは私(青年)のところに「いつ神様が来てくれるんですかね」とね。

黙って聞いていましたら、ただ「ダメだね」と、言います。

何がダメか聞いていましたら、本人は「正論では勝てないと、いつも負ける」と、でも「いい」とね。

私は家の住職の教えを青年に話しました。

悪しき風習が未だに蔓延しているように見受けられる、なら、以下の事をお教えしようと。

裁判所で使われている、この言葉の語源をご存じだろうかと、大学院の授業以外では話をしていないが、少し小言を言わせて頂くと。

「差し支え」さしつかえ、というこの言葉は、何故、裁判所だけで使われているか、分かるかとね。

この言葉は「侍、言葉である」。

家の住職曰く、戦後男子がいない時代に「・・・でもなろうか」と、戦争から帰った男子が、各県で講習会が開かれ(当然、大学なり卒業した人間であったり、大学途中で戦争に駆り出された人であったり)その男子が、講習を受け、弁護士や裁判官や警察官に採用されたのである。

その時、家の住職が高知県人の家の檀家の男子を集って、講習を受けさせ弁護士、警察官、裁判官に採用させたという。

戦後行われた、裁判の時に、住職は次回の裁判の日にちは「いつがいいでしょう」と、聞かれた時、その日は都合が悪いと、申し述べたと、言います。

それでも、その日を指定してきたので、住職は一言「その日は『さしつかえて』おると、言っておるだろう、無礼者」と、大声で発言され、次の日にちが決まったという。(新聞に掲載されたと聞く)

それ以来、ダメな日にちを「さしつかえておる」と、言う様になったと聞き及びます。

住職は余りにも早く「さしつかえておる」用語が浸透したので、いつも酒の席で「使うなら、一杯飲ませろ」と、周りに言っていたと、色々な方から聞きます。

住職は、戦争帰りの男子を採用して貰ったはいいが、軍隊で教えられた「己に対し、都合のいい嘘をつく事」を職場でやられ、警察、法廷では、嘘が蔓延し現在に至っていると言う。

だから、誤認逮捕や法廷での嘘つき合戦であると、ずっとその事を後悔していた。

私のところに住んでいた青年には、申し訳ないが「どの様な場面やどの様な理由であれ、・・はダメ 」だと、それが守れるなら、君の将来は、先生は全て言いなりになり、援助すると約束をした。

 

次回に続く