謹賀新年2022年元旦 明けましておめでとうございます。

 

 

今年も良い年であります様に、心より祈願します。          

昨年、たまたま乗った朝の通勤電車の中で「優先席・紫のステッカー」に障害者の方がお座りになっていた、その隣の席が空いていたので、高校生がその空いてる席に腰を下ろそうとした時に、前に座 っていた、高齢の障害者の人から、高校生は指導を受けた。

その方は「座らない方がいいよ、嫌な思いをするから」と、声を掛けられた。

何のことか分からず、ポカンとしていた高校生に対し、その人はこう言った。

学校の道徳で習ったよね「障害者や、弱者」をどうするのかという事を、と言うと。

高校生は「はい」と、素直に答えていました。

 

 

感心して見ていましたら、その方は余程高校生が気に入ったのか、淡々と話しだした。

君の将来に必ず役に立ち、素晴らしい人になるために話してあげようと、話しをした。

「皆んな健康で・元気な人としてまれたい、でも誰かが何処かで障害者や弱者になるんだよ」と。

高校生は黙って聞いていました、当然、周りにいた人達も私も、黙って聞いていました。

高齢者の人は「障害者の方が、もし乗車して来て、優先席が皆さんに座られていて、座る席が無かったら、その障害者の人は、どんな思いになるか考えた事はあるか」と言われた。

私も「その障害者は、どんな思いになる、どんないになる・・・」考えた事が無かった。

その方は「実際、その場にいて、その障害者と話をしたから、分かるんだよ」と、言われた。

障害者は「優先席に座る席が無いのを見て、違う席に行こうとした」そこでその方は、優先席に座っている人に向かって「好きで障害者になったんではない、回り回って障害者になったんだよ」と、

次は誰の番かな〜と発したら、座っていた方が「すみません」と、全員立ち上がった、と言います。

私もそう思います「障害者の方達は、皆さん好きで障害者になられたんでは無いとね」。

前に書きました、彼の話にも出てきましたよね、聞こえたと「君の何かを貰うと」。

皆さん聞こえているんですよ、でも言ってもしょうがないから、言わないでいるんです。

前にも書きました、私にも「色々聞こえるんです」特に「動物の語りかけ」がね、ハッキリとね。

高齢の方は、淡々と話をされました。

皆んな「確かに勉強して毎日毎日疲れるだろう」でもな、障害者は「疲れる前に何処かが悪いんだよ、何処かに障害があり日々生活しているんだよ」そんな方の優先席を、疲れたからと、言って奪っていいもんかな、障害者の人は「自分は邪魔者だと」思っている、そう感じているんだよ。

私達は「疲れたら、休んで休んで、疲れを取れば・それでも取れない場合は逆の事を」やればいい。

でも、障害者の方は、休んでも休養しても、寝て起きても目が覚めれば障害者なんだよ。

障害者の方が1日が終わって、寝る時に「夜寝て、朝、目が覚めたら、元気な体になっている様に」と、いつも神様にお願いしていると、この前の彼も言っていた。(彼も逆の事・スポーツをやる事)

 

人として生を受けたら「思いやり」を持って人生を過ごさないとね、少しの「思いやり」でいいんだよ、それは君にしか出来ない「思いやり」をすればいい、人生が終わるまでにな。

その「思いやり」を見つけて、次の世代に伝えていけばいい、慌てず、急がず、ゆっくりとね。

 

高校生が電車を降りる時に「その高齢の人に、深々と頭を下げて『必ず、僕の思いやりを見つけます』」と、電車を降りて行った。

高校生は電車を降りて、電車が出るまで、その人を見ていました、電車が発車すると頭を下げていた。

周りにいた人達も電車を降りる時に、その人に対し「頭を下げて」本当に自然に頭を下げていました、1人仕事着のアンちゃんが、降りる時に「ありがとよ」と大きな声で挨拶して行きました。

このアンちゃんの「ありがとよ」が全てを物語っています。(泣いてる方もいました)

私は最後まで高齢の方と一緒でしたから、その方と一緒に電車から降りました。

杖をついてゆっくり歩いて降りられたから、私は何を喋ろうかと考えていましたら、その方が私に。

お兄さん「有り難うな」と、言われました。

「え〜」あの〜と、言いかけたら。

君の目で分かる、何を言わんんとしているかが「次を、な」と、言われたから。

「は〜、はい」としか、言えなかったです。(次の世代をちゃんと教えてな、と言っていた)

あの高齢の叔父さんに、もう一度会いたいな。