白洲次郎(21)目を開いて大海を見れば、自ずと結果は付いてくる(白州次郎曰く)
白洲次郎氏が私の実家にあった「吉田松陰」の掛け軸に大変興味を持ちましたので、高知から持ってきてお 見せしました、大変喜び購入すると言いますから、住職に話して白洲さんにプレゼントしました。
白洲さんは亡くなる前に、この吉田松陰の肖像画を私に返されたんです、お上げしたモノを返すと言われ、私は困りましたが、次の「世の為」お前が持っていろと、言われ大切に保管しています。
何故お前が持っていろと、言われたか白洲ファミリーの方から言われました、渡(わたる)が持っているのが一 番いいと言っていた理由は「渡(わたる)は、たんまり金を稼いだから、売却しない」だからアイツが持っているのが一番いいと、言われたと、皆さんは言っていました。
その吉田松陰の肖像画を、今回載せます、松浦亀太郎(松洞)が書いた8枚の肖像画の一枚が、我が寺に残されていました、わたし的には、よくこの肖像画が残っていたモノだと、感心していました。
私の街は目の前が海ですから、宝永の地震・津波や戦後直ぐの地震・津波(昭和21年)で街は破壊したんです、それは凄い津波であったと言います。

(街の津波の写真)
その肖像画を山口県萩の方が、どうしても欲しいと言って来られました。
譲ってあげたいのは山々ですが、四国には我が寺しか残されていないのです、もう一枚現存する所をご紹介したんですが、譲って貰うのは難しいみたいでした。
山口県萩市には今現在一枚残っていますから、それで良しとすべきだと、わたし的には思いますけどね。
でも、この肖像画の事をよく知る人間は「松洞は吉田松陰の人物について、一番知った人間だから、ただ単に吉田松陰の外見を写生しただけではない、この肖像画の中で松蔭は生きているんだと」その松蔭を描いたんだといわれています、本当に写真見たいですよ、こんなに綺麗に描かれるんですね、素晴らしいの一言です。
我が家にあるこの肖像画も、松洞の思いがこもって描かれているから、見た人見た人が言いますね。
何か「この肖像画を見ていると、吉田松陰に会った気がする」と、ね。
その肖像画と一緒に載せた文章をよく読んでください。

この後に、白洲さんに話をしました、其の話の中の青年が「住職の嫁(私の母親)」から、この吉田松陰の肖像画を人生の足しにしなさいと、頂くんです。
その時に、こんな言葉を言ってやったと、住職は言っていました。
「吾が志一たび定まりて、沈まず漂はざれば、其れ必ず来り助くる者あらん」。
自分の目標が定まり、やる気を失ったり、迷ったりしなければ、必ず助ける人があらわれる。
ただ単に言葉だけを学んで、良しとするんではなく、自分のやってる事がいかに大切で、重要な仕事なのかをよく学び、如何してこんな仕事をするのか、よくよく考え、自分自身の気持ちを奮い立たせて、一生懸命人の何倍も仕事に励む事で、困難をも克服出来るぞと、言われたと言います。
「目標」があればやる気も出るだろうし、目標とやる気の二つがあれば、どのような高いレベルにも到達できる、どのような困難をも克服できるだろうと、言っています。

それから、住職は気に入っている青年に対し、もう一つの諺(ことわざ)を上げたと言います。
「故(ゆえ)に士たる者は其の志を立てざるべからず」つまり、目標があるかないかだ。
人としての生き方が優れているかどうか,仕事や勉強などが、上手くいくかいかないかは、志や目標があるかどうかであると、言われている。
ここに、あの子が尋ねてきて「住職、あの〜」と、ワシに言ったから、ワシは分かる様に、彼に話したと、言う。
その彼は悲しそうな目でわしを見ていたから、その悲しそうな目を奮い立たせる為に、敢えて笑いながら話した。
ここから如何やってお前が「立ち上がるかに興味がある」と、又「目標」を持ってやれば何も恐れる事はないと、言ってやったら、頭を下げて帰って行った、と言いました。
己の人生の「目標」がきちんと定まっているか、いないかによると言われていたと、何百年も前からの話しです、又教えであると言います、日本という国は、又先人は凄いですね。
今現在絶対必要としている「目標」を持てと、昔からの言い伝えであると、言われていました。

何百年も前に「目標」を持てと、今の世の中と同じく「目標」を持っていない人間は全てに於いて大成しないと言います、だから「目標」を持つと言う事は、大切な事ですよね、何も持っていないと、何もできないですし、やる気もないですよね。
白洲さんはいつも私に言いましたよ、渡(わたる)「target」だぞ、分かっているか。

目標だぞ、目標がない人間はつまらない人生を過ごすんだぞ、だから必ず、目標「target」を持てよ、とね。
次回